先日、洗面台を新しくしました。
それだけの話だったはずなのに、
文句が止まらなくなっちゃって。
- 歯ブラシの位置がわからない
- 扉を開け閉めするのが面倒
- スイッチの場所がわかりづらい
- 電動歯ブラシが使いにくい
- コップを出しっぱなしにしたくない
- いちいち拭いてからしまうのが嫌
- そもそも洗面台を変えなきゃよかった
次から次へと、終わらない。
「慣れるしかないよ」
そう言ったら、返ってきたのは決まってこの言葉。
「あんたも歳をとればわかる」
……もう、聞き飽きた。
目次
その言葉は「説明」じゃなくて「遮断」だった
最初は
「老いは大変なんだろうな」
「不安なんだろうな」
そう思おうとしました。
でも、何度も繰り返されるうちに気づく。
この言葉は、
気持ちを説明するための言葉じゃない。
👉 会話を終わらせるための言葉
👉 相手を黙らせるための言葉
「あなたはまだ若い」
「だから理解できない」
「この話はここまで」
そうやって、
こちらの言葉を無効化する呪文だった。
「歳をとったから」は免罪符じゃない
歳をとると、不便は増える。
できないことも増える。
それは事実。
でも、
歳をとったからって、
他人に文句をぶつけていい理由にはならない。
これは、絶対に違う。
人はみんな歳をとる。
誰かの助けを借りながら生きるようになる。
だからこそ本来は、
- ありがとう
- ごめん
- 助けて
この言葉が増えていくはずなのに。
「あんたも歳をとればわかる」の正体
この言葉を使う人は、
老いを語っているようで、
本当はこう言っている。
- 弱くなった自分を認めたくない
- 変化に適応できていない自分を正当化したい
- 立場を下げたくない
- 不安や怖さを言葉にできない
だから、
一番近くて、反撃してこない相手に
怒りとして投げる。
それが文句になる。
いちばんつらいのは「否定され続けること」
こちらは、
- 配置を工夫して
- 使いやすいように整えて
- 衛生面も考えて
それでも返ってくるのは、
「変えなきゃよかった」
「不便になった」
「わかってもらえない」
怒られるより、
文句より、
“わかろうとしても否定される”ことが一番つらい。
だから、涙が出た。
私は、こんな年寄にはならない
この一連の出来事で、
はっきり決めました。
こんな年寄にはならない。
断言して、実行する。
老いは避けられない。
でも、どう老いるかは選べる。
- 不便を誰かのせいにしない
- 助けてもらったら、ちゃんと感謝する
- 自分の不安を、怒りにすり替えない
- 「歳だから」で思考停止しない
それを、私は選ぶ。
老いで変わるのは「年齢」じゃない
歳をとって人が変わるんじゃない。
元からの思考グセが、濃くなるだけ。
だから私は、
今のこの違和感を忘れない。
「おかしい」と思った感覚を、
ちゃんと覚えておく。
それが、
未来の自分を守ることだと思うから。
